SEO対策
あらためさんの改運日記 お母さんより1日早く死なせてください (中山靖男先生より)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

お母さんより1日早く死なせてください (中山靖男先生より)

あなたにとって幸せとは何ですか?
愛する人と一緒にいることですか?
素敵な仕事に恵まれる事ですか?
それとも、毎日を健やかに過ごすことですか?

こんばんは
神田翔臣です。

本日もご縁に心から感謝致します。

今日は中山靖男先生の講演会でのお話を書きたいと思います
このお話は尼崎市立尼崎高等学校の1年E組の「流汗洗心」という文集の中に掲載されています
教師でおられる大谷先生から頂いたものです。

沖縄で障害者の方々や健常者の方々と一緒にキャンプをやらせてもらっています。
ヨウコちゃんという17歳の女の子が参加してくれました。

この子はオシメが外せなくてお母さんが車椅子に乗せて参加をしていました。
沖縄の空はとても綺麗で、30年前ですから今よりももっと綺麗でした。

私が「皆でタナバタ祭りをやろうよ。願い事を書いてつるそうよ。」と言って皆に短冊をくばりました。
手が動かない、足が動かない、オシメが外せないヨウコちゃんに私が「ヨウコちゃんも何か書かない?
先生書かせてもらうから」と言いました。

彼女は「別にないな」と言いました。「そんな事言わないで
皆のタナバタ祭りにしたいし何か言ってよ」
と言ったら
「う~~うん。別にない。」と言ったのです。

私はヨウコちゃんに「歩けるようになれば良いかなとか、手が動くようになったら良いかなぁとか、何でも良いじゃない。言ってよ。」って言いました。

しばらく目を閉じてじっと考えていました。
ぱっと目を開けて「先生ごめんねやっぱり無いわ」と言いました。

そしたら一緒に居たお母さんがヨウコちゃんに向かって言いました。「そんな可愛げの無い子に育てた覚えは無いよ。あんただってああなりたい。こうなりたいって何かあるでしょう。何で先生に素直に言えないの?」お母さんは怒りました。
彼女は「無いものは無い。」と叫びました。

私はこの瞬間何か頭から冷水をかけられたような気がしました。
「手が動くように」って書いたって彼女の手は動かないのです。
「足が動くようになったら」って書いても足は動かないのです。

私はなんてくだらない事を聞いたのかなと思い
「ヨウコちゃん。ごめんなさい。くだらない事聞いてごめん。失礼な事でごめんなさい。」と言いました。そしたら彼女は「全然いいのよ気にしないで」と言いました。

 すると皆も短冊を書いてつるしに来ました。私はヨウコちゃんにそれを見せようと車椅子を押しかけたら彼女は動かない右手で私の手をトントンとたたくのです。
私が前に回って「どうしたの?」と聞くと「先生どんな事でも書いてくれるのかな?」と言いました。「どんな事でも書かせてもらうよ。何か考えてくれたの?言って」と尋ねました。

17歳でオシメが外せない女の子ですよ、なんと言ったと思われますか?
私が全く予想しなかった答えが返ってきました。
「先生、私をお母さんより1日早く死なせて下さいって書いてくれる」といいました。

17歳でオシメが外せない女の子にとって何が一番心配かっといったら、
お母さんが死んだ後、誰がオシメを替えてくれるのかな?
誰がお風呂に入れてくれるのかなって、これが彼女にとっては一番の心配事だったと思います。

もうひとつ違った見方をすれば彼女の優しさかもしれません。
私はこんな体で親孝行が何も出来ないけれど、母さんより1日早く死んだら、
母さんが私の事を何も心配しないで生きられる。
そんな1日がプレゼントできるのかなって、そんな乙女心の優しさだったのかもしれません。

お母さんより1日早く死なせてください。」と書いて、私が短冊にして掛けました。
炊事当番をしていたお母さんが飛んで来られました。
「先生。ヨウコが何か言ったのね。何て言ったの」と言われるから「あそこに掛けたから見て来て下さい」と言いました。

じーっと見ていました。そして私のところに来て「先生、私も何か一言書かせて頂いても良いですか?」とおっしゃるので「どうぞ」と言いました。

そしたら、「もし神様ががいらっしゃるのなら、贅沢かもしれませんが娘より1日長生きさせてください。」2つの短冊をかけてじっと手を合わせて拝んでおられました。

 誰もこんな出会いを喜べないと思います。私が何か悪い事したの、なんで?と言いたくなる気持ちは山々だと思います。しかし、どうにもならないこの娘の境遇を、それでも皆から喜ばれる生き方はないかと、そう思ったお母さんの愛がヨウコちゃんの心を広げていきました。

さいごに彼女が私に一種懸命話しかけてくれました
「先生。私の体が不自由なのは神様が私ならきっと苦しみに耐えられると思ったんだね。私は神様に選ばれたのね」
                                          (中山靖雄先生講演会より)
この事実をどのようにお感じになられましたでしょうか?
心に響いたこのようなお話もこうして掲載していきますね

次はまた新たな話題でお目にかかろうと思います。


次まで皆さん。幸せなウサギで居て下さいね。

感謝と愛と許しの嵐をお送り致します。

スポンサーサイト
  1. 2009/03/19(木) 02:02:21|
  2. つれづれ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<チャクラの話 | ホーム | ニューヨークのゴミだった弥生さんの場合(その7)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://aratamesan.blog26.fc2.com/tb.php/39-506e63fe
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。